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名古屋大学では博物館実習の一環として,2022年2月1日から2月4日までの4日間, 展覧会「郷土の版画家たち~それぞれの色を刷る~」を開催しました! このブログでは,展覧会準備の様子や受講生が執筆したコラムをご紹介します 楽しんでいただけると嬉しいです♪

展覧会出品リスト

「郷土の版画家たち~それぞれの色を刷る~」では,愛知県にゆかりのある6名の版画家による作品を展示しました! 出品作品は以下の9点です 堀江良一(1943- )《弧のある風景 95-1》1995 年、木版画  市橋安治(1948-2019)《異邦人》1973 年、銅版画  市橋安治《Venus》1981 年、銅版画  吉岡弘昭(1942- )《Gon & Ben(Red)》1976 年、銅版画  吉岡弘昭《Fugoku Hyakei No.1》1980 年、銅版画  鍔本達朗(1952- )《In Black 85-5》1985 年、リトグラフ  加藤大博(1936- )《Dots-87(F)》1987 年、スクリーンプリント  森岡完介(1941- )《人は何処へ 76-4》1976 年、スクリーンプリント  森岡完介《Message '82-12N》1982 年、スクリーンプリント

環境×芸術 ―アートの背景にある環境問題―

     1960 年代以降、近代の整理された都市部では、経済発展が最優先され、自然が持つ美しさが失われた。そのため、近年は環境問題の舞台となった場所をアートに落とし込むという動きがある。特に日本の 2 つの事例を見ていく。 一つ目は「札幌モエレ公園」である。 1979 ~ 90 年までに使用されていたごみ処理場の再生と環境に配慮した公園づくりを目指した札幌市は、彫刻家イサム・ノグチらと共同で完成させ、現在では環境に配慮した公園管理が行われている。まさに、「大地の彫刻、緑の彫刻」として甦らせて、誕生した壮大な環境アートである。 二つ目は、「瀬戸内国際芸術祭」である。 1975 ~ 90 年までの約 15 年間、悪質業者によって不法に産業廃棄物量が放置され、「ゴミの島」と呼ばれる風評被害も起こった。住民の反対運動を経て、現在では自然豊かな島に戻ったが、日本の大量生産・大量消費・大量廃棄を考え直すきっかけになったことを受け、循環型社会をテーマに自然に配慮した現代アート祭典になっている。   これらのような持続可能な開発と芸術が織りなす新しい美術館は、今後どのような視点を私たちにもたらしてくれるのだろうか。  A.H   参考文献 富山恵梨香 (2019) 「環境とアートと地方創生。瀬戸内の島々で学んだ、私たちが日常で見えていなかったものー E4G レポート」 ( 最終閲覧日 2022/1/12) 廣田道夫 (2017) 「Ⅱ 地球環境問題と環境芸術」総合文化研究所年報 第 20 号 pp.17−31( 最終閲覧日 2022/1/12) 吉本光宏 (2010) 「アートから地球環境を考える ―――都市再生・地域再生の視点から」ニッセイ基礎研究所 ( 最終閲覧日 2022/1/12) https://ideasforgood.jp/2019/11/22/shikoku-teshima-ogijima-e4g/ http://www.luce.aoyama.ac.jp/outline/effort/cooperation/pdf/vol20_02hirota02.pdf https://www.nli-research.co.jp/files/topics/38803...

画家を”読む” -鑑賞の視点について-

 さて、まずひとつ質問だ。 貴方は絵を鑑賞するとき、どこに着目するだろうか。 色遣い、筆遣い、モチーフ等に着目する人は多いだろう。キャプションにまず着目し、技法や作者名を頭に入れてから鑑賞にとりかかる人も居るかもしれない。 10 人居れば 10 通りの着眼点があり、故に例え同じ絵を見ていたとしても抱く印象はそれぞれ大きく異なることは想像に難くない。   鑑賞時の視点に正解は無い。 ただし、新しい視点を知ることで、今までとは違った角度から絵を鑑賞することができるというのもまた事実である。   そんな視点の一つとして、「画家の人生から絵を鑑賞する」というものを提唱してみたい。 キャプションや館内の解説パネルに書かれている内容から一歩踏み込むだけでいい。インターネットで画家について検索したり、書籍や、あるいは新聞の芸術面を確認するだけでもよい。その絵がどのような環境で、どのような心境で描かれたのか、どんな出来事の前後に描かれたのか、その文脈を“読む”ことで、絵はまた姿を変えるだろう。  S.K 参考文献 堀越 哲「論理的美術鑑賞」翔泳社、 2020

学校教育における版画

  小学生の頃、図工の時間に紙版画を制作した。画用紙に貼り絵をして作った版に、ローラーでインクをのせる作業が楽しかった。今では図工の授業には欠かせない版画だが、最初からそうであったわけではなかった。  版画が学校教育に導入されたのは、大正 7 年以後のこと、版画が純美術として評価されるようになった時期と重なる。この背景には、版画を複製制作技術から脱け出させ、版を使用した絵を作ることに情熱を傾けた人々がいる。愛知県出身の作家、山本鼎もその 1 人だ。彼は分業による「複製的版画」に対し、自分で掘って自分で刷る「創造的版画」の普及に努めた。彼はまた、自分の感性で自由に創造しようという考えを、版画の他に児童の図画教育に主張し、お手本の模写が中心であった当時の図画教育を批判した。  現在、版画は児童の自由と創造の精神を発展させるものとして、図画教育で活用される。刷る楽しさ、は後々まで記憶に残る。児童は、自身の感性に合う表現方法として版画を選ぶことができるのである。 M ・ M 参考文献 今井治男「我が国の版画教育について」『金沢大学教育学部紀要教育科学編』 36 巻 , 1987 年 , p.245-251.

現代アートとその評価

  「現代アートは難しい」。よく言われることだが、なぜ現代アートは評価が難しいとされるのだろうか。  アートの歴史はマルセル・デュシャン「泉」前後に分けられるといわれる。「泉」は小便器に泉という文字とサインが描かれた作品である。彼が打ち出した既製品を組み合わせたアート、「レディメイド」の概念は、アーティストを生産者から選別者へと変身させた。誰もがアーティストになりうる世界だからこそ、現代アートは目の前にあるだけのアートで完結せずにコンセプトが内包されねばならない。作品には意味が込められ、それを読み解き評価するために作家の歩んできた人生までもがジャッジの対象となる。今日、アートはアート単体で存在できない。作品を評価するためには作品の意味を知る必要があり、ゆえにアートの知識や作家自身の情報を得なければならないという、一種の強迫観念のようなものが我々を襲う。だから「現代アートは難しい」。そういった情報量の多さに当てられるからか、私は現代アート展に行くと疲れが普段の倍に感じられる。  それでは一体その「難しい」現代アートについて、我々はどこに注目し、どう評価すればいいのだろう。現代アートは、鑑賞者の能動的な解釈を踏まえて完成するといわれる。もちろんアート史を踏まえた上で社会に興味を持ち問題提起を読み解くのが理想なのであろう。だが、小便器がアート!? なんか笑える、そのくらい直感的な評価でもいいのではないか。鑑賞者の解釈や反応も含めて一つの作品として成り立つのが現代アートであり、良くも悪くも我々にも評価は委ねられているのだから。   参照:河出書房新社「現代アートとは何か」 , 小崎哲哉 ,2018 S.H  

北海道の野外博物館

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  筆者が所属するサイクリング部では、毎年 8 月に北海道を 9 泊 10 日で一周します。その道中で必ず寄る人気スポットの一つに「博物館 網走監獄」があるので、ここで紹介致します。  網走監獄は北海道の北東部、知床半島の付け根に位置する網走市に位置します。市街地の中心から 4km 離れ、名古屋大学の山の上の坂にも匹敵するキツい坂を登ると到着します。明治時代の網走刑務所を保存公開する野外歴史博物館で、敷地面積は約東京ドーム 3.5 個分に相当する一方、入場料は大人で 1100 円、学生で 770 円と割安感があります。  この博物館は、明治の網走刑務所に収監された囚人の生活風景や、その囚人が北海道の開拓へ大きく貢献したことを私達に伝えています。特筆すべきことは網走刑務所の建設目的であり、それは対ロシア防衛の最前線に位置する網走へ繋がる道路を囚人によって開拓することでした。その労働環境はとても苛酷で、「タコ部屋労働」の語源にもなったといわれています。「博物館 網走監獄」はそうした囚人達の努力や悲劇、それが今日の北海道の生活の礎であることを教えてくれます。是非とも足を運んでみてください。 自分の自転車。網走監獄まで自転車で来た証として。 ↑網走監獄正面の門。 明治期に囚人達が農業をやっていた風景を再現。 囚人達は食糧を自分達で育てていた。 独房。

美術館とインスタ映え

  近年、見栄えの良い写真を SNS に掲載するために美術館に訪れる人が多く見られる。いわゆる「インスタ映え」を狙った来館者たちである。その来館者の中には、大声で騒いで撮影をする人や、展示鑑賞をせず美術館で自分を撮影して満足し、去ってしまう人もよく見られる。こういったマナーの悪い来館者の影響で「美術館で写真を撮る人」自体が嫌厭されてしまうこともあるだろう。 しかし、「インスタ映え」を求めた写真撮影は、全て迷惑行為であると言い切ってしまって良いのだろうか?例えば、インスタグラムにおいて 21 万人のフォロワーを擁する東京都の森美術館では、「インスタ映え」すると評判になるくらい拡散力のある展示を行い、来館者数を伸ばしている。多くの展覧会での撮影を可能にするとともに、専任の担当者を置いて、 SNS をはじめとしたデジタルマーケティングに取り組んだ。結果、森美術館の展覧会は、日本全国の数ある美術館の中でも、常に年間来場者数上位を独占しているのだ。最近も、「塩田千春展:魂がふるえる」 (2019 年 ) では、 66 万 6271 人もの動員を記録した。このように、「インスタ映え」する写真は、普段美術に触れない人に情報を伝え、美術館に訪れるきっかけを生んでいるといえる。 美術の魅力発信や美術館の来館者数増加に期待できる、「インスタ映え」。「インスタ映え」を先入観で切り捨てることなく、写真撮影をする際は最低限のマナーを守りながら、美術鑑賞を老若男女で楽しもう。   参考 森美術館「塩田千春展」、 66 万 6271 人の入場者数を記録。同館歴代 2 位 https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/20815   Y.M

音楽と美術

古くから、音楽と美術は相互に影響しあって発展してきた。音楽家が異分野の美術から影響、そしてインスピレーションを得て作品を生み出すことは少なくない。当コラムではその一部を紹介していきたい。 美術作品から影響を受けた音楽としておそらく一番有名なのは、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』であろう。彼の友人である画家ハルトマンは 39 歳の若さで急死した。翌年、ハルトマンの遺作展が開催され、ムソルグスキーは彼の絵の印象からピアノ組曲を作曲した。 印象派の作曲家、ドビュッシーは、日本の作品に影響を受けて作曲した。彼は海が好きであった。彼の海は旅行者として眺めた海、その海の印象の幻影であった。交響的写生『海』は葛飾北斎の版画『富岳三十六景』から感動を得て作られたのである。 イタリアの作曲家レスピーギはルネサンスの画家ボッティチェリに影響を受けた。ボッティチェリの代表作の三枚の絵『春』『東方の三博士の礼拝』『ヴィーナスの誕生』から受けた印象を音楽によって表現した『ボッティチェリの三枚の絵』を作曲した。 美術作品は本来「見る」ものであるが、あえて耳をすませて向き合うことでより感覚が研ぎ澄まされ、深く作品に入り込めることもある。私はこのコラムを読んだ方が、目と耳を使うことで想像力を沸き立たせ、新たな世界に出会えることができるよう願っている。 Y.S   参考文献 ・野本由紀夫編著「クラシックの名曲解剖」株式会社ナツメ社、 2009 年 4 月 27 日初版発行 ・ムソルグスキー『展覧会の絵』スコア、全音楽譜出版社 ・ドビュッシー『海』スコア、全音楽譜出版社  

「ひろがる絵画・ひろがる展示」

  「展示」が始まったのはいつか、考えたことはありますか? 古代より、「ものを見せる」という行為は行われてきました。しかし「展示」という概念の誕生は、一説には 17 世紀後半~ 18 世紀の西欧の絵画にあると言われています。当時活躍したニコラ・プッサンやクロード・ロランらは、宗教や歴史をモチーフに想像上の風景を描きました。その中には、洞窟や樹木、岩といった様々な要素が含まれており、これらの組合せにより、絵画という容器に一つの空間が生み出されました。 その後、これら展示を構成する要素は絵画から飛び出し、博物館を容器として珍品鉱物、美術品などが陳列されるようになりました。多くの博物館のこだわり抜いた建築により、その収蔵品はより魅力的に展示されていきました。 現代では、博物館の建築自体の美しさでさえも、展示を構成する要素となりつつあります。では、ここで建築を展示している容器とは何でしょうか。都市空間です。あなたが街を歩いている時、ふと周りを見渡してみてください。都市という巨大な博物館を、人の流れという順路に沿って鑑賞している最中かもしれません。( 465 字)   F.S.   参考 彦坂 裕( 2019 )「 1 章 展示とは 展示・芸術・都市空間」日本展示学会編『展示学事典』丸善出版 pp.24-29

コロナ禍の美術鑑賞

   新型コロナウイルス流行の影響でほぼ全ての美術館が休館となった 2020 年春以来、オンラインによる美術鑑賞が模索され続けている。そこで、オンラインとリアルの鑑賞を検討し、コロナ禍での美術鑑賞の在り方について考える。 オンラインでのメリットは、いつでもどこでも作品を手軽に見られることである。人波に押し流されることなく、お気に入りの作品を心ゆくまで楽しめる。画面越しだからこそ、実際よりも作品の細部や質感を間近で鑑賞出来るのも良い。一方で、実際に美術館に足を運ぶことでしか味わえない生の雰囲気はかけがえのないものである。美術鑑賞以外の事象にも当てはまるが、コロナ禍によるあらゆる制約はリアルでの体験の価値を上昇させているだろう。 オンラインの鑑賞とリアルの鑑賞。どちらにも強みがあり、優劣をつけるべきものではないはずだ。コロナ禍、ひいてはコロナ禍収束後においても、両者を上手く取合わせたりそれぞれの特性を使い分けて活用したりすることで、より豊かな鑑賞体験が生まれることが期待される。 C.F

実用的芸術としての木版画

  版画は現在では芸術作品として確立していますが、もとは民衆に根ざした、実用的な印刷術として発展してきました。ここでは近代以前の木版画の歴史をご紹介します。 木版画は7世紀に中国で始まり、日本には 8 世紀頃伝えられました。中国では近代まで宗教画に留まったのに対し、日本では次第に他分野でも活用されていきます。鎌倉・室町時代には絵巻、草子、屏風などの絵柄や装飾にも木版画が用いられ、江戸時代に入ると浮世絵が登場し、庶民に親しまれました。 一方、西洋でも初期の木版画は信仰と関連していました。キリストや聖者などの版画が修道院で作られ、火災や疫病予防のために庶民の家に貼られました。 15 世紀以降は印刷術が発達し、挿絵に木版画が多用されていきます。精巧な作品も登場する中、制作は修道僧から職人へ移っていき、次第に芸術の領域へと変化していきました。 現在では、版画は伝達手段としての印刷から切り離され、芸術の側面が強調されています。美術作品として非日常の存在に感じることもあるでしょう。しかし、過去に思いをはせて版画を鑑賞してみると新しい見方ができるかもしれません。 G.M 参考文献 武蔵野美術大学造形ファイル 木版画.  http://zokeifile.musabi.ac.jp/%e6%9c%a8%e7%89%88%e7%94%bb/ (最終閲覧日: 2022/01/08 )

美術鑑賞と心

実際のところ、美術館は私たちに何をもたらしてくれるのだろうか? 美術館の社会全体への効用についてはよく取り沙汰されるが、私たち個人に対してもたらされる効果についてはあまり話題にはならない。そこで今回は、私たち個人、特に「心」に着目して、美術館が私たちにもたらしてくれる効果について見ていこうと思う。 慶應義塾大学の川畑教授によると、私たちは作品を見るとき、さまざまな感覚を通してそれに対する評価を与えていく。そういった感覚の情報は、私たちの欲求の回路に伝わり、ドーパミンという脳内物質が前頭葉へと投射されていく。そして、最終的には幸福の回路へと行き着く。すなわち、作品を見ることによって、私たちは「美」を感じ、その美の感覚は幸せな気持ちをもたらすと考えられるのである。 美術鑑賞は私たちの内面から生活を豊かにしてくれる。少し気分が落ち込んだ日には、美術館に積極的に赴き、幸せな気持ちを味わってみるのはどうだろうか。   参考文献 フィンランド国立アテネウム美術館× DNP ミュージアムラボセミナー 日本・フィンランド発 2 つのアートプロジェクト-アートが私達にもたらしてくれるもの 報告書 Y.S

千社札の世界〜身近な印刷技術〜

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神社やお寺で参拝すると、社殿の柱や天井にお札がある光景を見たことはありませんか? そう、「千社札」(せんじゃふだ)です。   よく見ると、屋号や地名のほか、飲食や芸能に関わる方々の名前や店名などが書かれています。現代では、舞妓・芸妓さんが名刺に用いたり、観光地でのお土産や機械で自分で作れたりするシールタイプのもののイメージが強いかもしれません。   千社札の起源は諸説ありますが、江戸時代に流行した千社参りで参拝したしるしに、参拝者が自身の名前や屋号を札に書いておさめた「納札」が由来とされています。 当初は信仰が主体でしたが、次第に遊芸としての要素が強くなります。 千社札は木版に墨や色を置いて刷って作られ、江戸時代の印刷技術の発展や絵師らが手がけることで、デザイン性が重視されていきました。浮世絵のような意匠も施され、芸能者・職人らが競う納札交換会という文化まで誕生、千社札が江戸情緒を受け継ぐ工芸の一つになりました。 わずか手のひらサイズの千社札の中には、信仰や印刷・絵画・芸能の様々な世界と、連綿とした歴史が込められています。 「納札・千社札データベース」 デジタル浮世絵博物館(立命館大学アート・リサーチ センター)より転載 https://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/vm/digitalukiyoemuseum/2021/04/post-122.html ] *昨今は、寺社によっては建物保存や景観上の理由から、千社札を貼ることを禁止されている場合が多い   <参考資料> 株式会社日本アート・センター:編  1985 『日本の伝統工芸3 東京』ぎょうせい 滝口正哉  2008 『千社札にみる江戸の社会』(同成社江戸時代史叢書: 25 ) 同成社 浅草のれん会  https://asakusa-noren.jp/archives/122 S.K.  

第8回授業

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  2 月 1 日から 4 日は展覧会の開催期間でしたが、授業最終日となる 2 月 2 日には、 clas で対話型鑑賞を行いました。対話型鑑賞とは、作品の感想や解釈を重視し、オープンエンドなトピックについて意見を交換しながら行う鑑賞法です。進行役が知識を一方的に教えるのではなく、鑑賞者同士でのコミュニケーションに基づいて行われるため、語彙力や洞察力、想像力が鍛えられます。 2 日に行われた対話型鑑賞でも、同じ作品でも全く異なる解釈が出たり、こんな見方があったのか!と驚くような意見が出たりと、大変盛り上がりました。また、授業の途中で吉岡弘昭さんがいらっしゃり、作品について解説をしてくださいました。 C.F

第7回授業

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 今回はclasで展示作業をしました。いよいよ展覧会が始まるのだと実感が湧きます。 栗田先生の指示のもと,作品やパネルの設置,照明器具の取り付けなどを行ないました。 作品を設置する際には,メジャーで長さを測って均等に並ぶようにします。整然と並んでいる作品は,より魅力的に見えますね。 脚立に登って照明を取り付けたり,金槌を使って釘を打ち込んだりと,慣れない作業も多く苦戦する部分もありました。学芸員の仕事には器用さも必要なのかもしれません! 皆で協力して,無事に作業を終えることができました。 お疲れ様でした!

“表現する側”としての展示と“作品を守る側”としての展示

  一口に展示と言っても,私は“表現する側”の展示と“作品を守る側”の展示があると思う。私は昨年,名古屋大学写真部で写真展を統括する立場にあった。この時は自作や常に顔を合わせる部員の作品を展示し,“表現する側”として展示を行っていた。対して本職の学芸員は,自分の作品を展示するのではなく “作品を守る側”として他者の作品を展示していると言える。 両者の最も大きな違いは,展示するのが自分の作品か否かという点である。自作の意図や制作背景は完全に理解でき,自分に近い立場の人の作品も近い状態になり得る。しかし学芸員は,他者の作品を展示し,時には故人の作品を展示する。作品へ理解が不十分だったり,作品が劣化し作品への理解に支障を来したりした場合,作者の意図を汲んだ展示が出来ない可能性が生じてしまう。 翻って考えると,作品・作者への理解を補うのが研究であり,作品を元の姿で維持することが保存と修復の役割だと言える。展示こそ学芸員の見せ場だと思いがちだが,良い展示(少なくとも作者の意図を汲んだ展示)を行うには,展示以外の業務こそ学芸員の重要な役割だと,性格の異なる 2 つの展示を経験し,改めて考える。   S.T

広がる体験型アート

  みなさんは体験型アートというものをご存知ですか?まるで自分が芸術作品の中に入り込んでしまったかのような体験型アートは意外とみなさんのすぐ近くにあります。   たとえば、名古屋市科学館で行われていた「チームラボアイランド踊る!アート展と、 学ぶ!未来の遊園地」ではいろとりどりの光の中というアート空間で、鑑賞者ひとりひとりの動きで次々に変化を見せる作品がいくつも展示されていました。 他にも過去、名古屋城で開催されていた「チームラボ 浮遊する、呼応する球体 - 名古屋城」では、会場に設置されたいくつもの光の球体が、人が叩いたり、何かにぶつかったりすることで色を変え、呼応するように変化するといったアート作品を体験することができました。   美術館や芸術作品は敷居が高いと思っているみなさん、アート作品があるのは美術館だけではありません。身近なアート体験からぜひ芸術作品の世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか?それではよい芸術鑑賞体験を!   A.K

芸術祭と対話型鑑賞

 日本には多くの芸術祭がある。それらは多くの作家が集まり、芸術家同士の関わりだけでなく、芸術を研究し、愛する人たちの交流の場にもなっている。さらには地域おこしの場として多くの観光客が芸術祭を契機に訪れている。芸術祭では教育普及活動も行われ、ボランティアの協力も得ながら対話型鑑賞プログラムが行われている。   〇大地の芸術祭 新潟県で 2000 年に始まった大地の芸術祭では 2021 年秋の段階では今後の活動強化に向けて大地の芸術祭サポーターであるこへび隊が対話型鑑賞プログラムの研修を行っていた。   〇あいちトリエンナーレ 2019 年に行われたあいちトリエンナーレでは、千人を超えるボランティアに充実した研修を行うことにより対話型鑑賞プログラムを行っている。名称の変わった次回の「あいち 2022 」でも対話型鑑賞プログラムが行われる予定で、現在ボランティアを募集している。   〇瀬戸内国際芸術祭  2022 年に五回目を迎える瀬戸内国際芸術祭であるが、 2019 年の開催時には一日だけではなく 2 日間かけてアートツアーの一環として対話型鑑賞ツアーが行われた。     参考文献 大地の芸術祭「対話型鑑賞プログラム」参加者募集 ( https://kohebi.jp/news/seminar_0915/ )                                                                 ...

網走監獄 簡単な現地レポート

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筆者が所属するサイクリング部では、毎年 8 月に北海道を 9 泊 10 日で一周します。その道中で必ず寄る人気スポットの一つに「博物館 網走監獄」があるので、ここで紹介致します。 網走監獄は北海道の北東部、知床半島の付け根に位置する網走市に位置します。市街地の中心から 4km 離れ、名古屋大学の山の上の坂にも匹敵するキツい坂を登ると到着します。明治時代の網走刑務所を保存公開する野外歴史博物館で、敷地面積は約東京ドーム 3.5 個分に相当する一方、入場料は大人で 1100 円、学生で 770 円と割安感があります。筆者が所属するサイクリング部では、毎年 8 月に北海道を 9 泊 10 日で一周します。その道中で必ず寄る人気スポットの一つに「博物館 網走監獄」があるので、ここで紹介致します。 ←自分の自転車。網走監獄の入り口前にこの石碑があった。 この博物館は、明治の網走刑務所に収監された囚人の生活風景や、その囚人が北海道の開拓へ大きく貢献したことを私達に伝えています。特筆すべきことは網走刑務所の建設目的であり、それは対ロシア防衛の最前線に位置する網走へ繋がる道路を囚人によって開拓することでした。その労働環境はとても苛酷で、「タコ部屋労働」の語源にもなったといわれています。「博物館 網走監獄」はそうした囚人達の努力や悲劇、それが今日の北海道の生活の礎であることを教えてくれます。是非とも足を運んでみてください。 文責:S.T   ←明治期に囚人達が農業をやっていた風景を再現。囚人達は食糧を自分達で育てていた。 独房 。↓