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名古屋大学では博物館実習の一環として,2022年2月1日から2月4日までの4日間, 展覧会「郷土の版画家たち~それぞれの色を刷る~」を開催しました! このブログでは,展覧会準備の様子や受講生が執筆したコラムをご紹介します 楽しんでいただけると嬉しいです♪

展覧会出品リスト

「郷土の版画家たち~それぞれの色を刷る~」では,愛知県にゆかりのある6名の版画家による作品を展示しました! 出品作品は以下の9点です 堀江良一(1943- )《弧のある風景 95-1》1995 年、木版画  市橋安治(1948-2019)《異邦人》1973 年、銅版画  市橋安治《Venus》1981 年、銅版画  吉岡弘昭(1942- )《Gon & Ben(Red)》1976 年、銅版画  吉岡弘昭《Fugoku Hyakei No.1》1980 年、銅版画  鍔本達朗(1952- )《In Black 85-5》1985 年、リトグラフ  加藤大博(1936- )《Dots-87(F)》1987 年、スクリーンプリント  森岡完介(1941- )《人は何処へ 76-4》1976 年、スクリーンプリント  森岡完介《Message '82-12N》1982 年、スクリーンプリント

環境×芸術 ―アートの背景にある環境問題―

     1960 年代以降、近代の整理された都市部では、経済発展が最優先され、自然が持つ美しさが失われた。そのため、近年は環境問題の舞台となった場所をアートに落とし込むという動きがある。特に日本の 2 つの事例を見ていく。 一つ目は「札幌モエレ公園」である。 1979 ~ 90 年までに使用されていたごみ処理場の再生と環境に配慮した公園づくりを目指した札幌市は、彫刻家イサム・ノグチらと共同で完成させ、現在では環境に配慮した公園管理が行われている。まさに、「大地の彫刻、緑の彫刻」として甦らせて、誕生した壮大な環境アートである。 二つ目は、「瀬戸内国際芸術祭」である。 1975 ~ 90 年までの約 15 年間、悪質業者によって不法に産業廃棄物量が放置され、「ゴミの島」と呼ばれる風評被害も起こった。住民の反対運動を経て、現在では自然豊かな島に戻ったが、日本の大量生産・大量消費・大量廃棄を考え直すきっかけになったことを受け、循環型社会をテーマに自然に配慮した現代アート祭典になっている。   これらのような持続可能な開発と芸術が織りなす新しい美術館は、今後どのような視点を私たちにもたらしてくれるのだろうか。  A.H   参考文献 富山恵梨香 (2019) 「環境とアートと地方創生。瀬戸内の島々で学んだ、私たちが日常で見えていなかったものー E4G レポート」 ( 最終閲覧日 2022/1/12) 廣田道夫 (2017) 「Ⅱ 地球環境問題と環境芸術」総合文化研究所年報 第 20 号 pp.17−31( 最終閲覧日 2022/1/12) 吉本光宏 (2010) 「アートから地球環境を考える ―――都市再生・地域再生の視点から」ニッセイ基礎研究所 ( 最終閲覧日 2022/1/12) https://ideasforgood.jp/2019/11/22/shikoku-teshima-ogijima-e4g/ http://www.luce.aoyama.ac.jp/outline/effort/cooperation/pdf/vol20_02hirota02.pdf https://www.nli-research.co.jp/files/topics/38803...

画家を”読む” -鑑賞の視点について-

 さて、まずひとつ質問だ。 貴方は絵を鑑賞するとき、どこに着目するだろうか。 色遣い、筆遣い、モチーフ等に着目する人は多いだろう。キャプションにまず着目し、技法や作者名を頭に入れてから鑑賞にとりかかる人も居るかもしれない。 10 人居れば 10 通りの着眼点があり、故に例え同じ絵を見ていたとしても抱く印象はそれぞれ大きく異なることは想像に難くない。   鑑賞時の視点に正解は無い。 ただし、新しい視点を知ることで、今までとは違った角度から絵を鑑賞することができるというのもまた事実である。   そんな視点の一つとして、「画家の人生から絵を鑑賞する」というものを提唱してみたい。 キャプションや館内の解説パネルに書かれている内容から一歩踏み込むだけでいい。インターネットで画家について検索したり、書籍や、あるいは新聞の芸術面を確認するだけでもよい。その絵がどのような環境で、どのような心境で描かれたのか、どんな出来事の前後に描かれたのか、その文脈を“読む”ことで、絵はまた姿を変えるだろう。  S.K 参考文献 堀越 哲「論理的美術鑑賞」翔泳社、 2020

学校教育における版画

  小学生の頃、図工の時間に紙版画を制作した。画用紙に貼り絵をして作った版に、ローラーでインクをのせる作業が楽しかった。今では図工の授業には欠かせない版画だが、最初からそうであったわけではなかった。  版画が学校教育に導入されたのは、大正 7 年以後のこと、版画が純美術として評価されるようになった時期と重なる。この背景には、版画を複製制作技術から脱け出させ、版を使用した絵を作ることに情熱を傾けた人々がいる。愛知県出身の作家、山本鼎もその 1 人だ。彼は分業による「複製的版画」に対し、自分で掘って自分で刷る「創造的版画」の普及に努めた。彼はまた、自分の感性で自由に創造しようという考えを、版画の他に児童の図画教育に主張し、お手本の模写が中心であった当時の図画教育を批判した。  現在、版画は児童の自由と創造の精神を発展させるものとして、図画教育で活用される。刷る楽しさ、は後々まで記憶に残る。児童は、自身の感性に合う表現方法として版画を選ぶことができるのである。 M ・ M 参考文献 今井治男「我が国の版画教育について」『金沢大学教育学部紀要教育科学編』 36 巻 , 1987 年 , p.245-251.

現代アートとその評価

  「現代アートは難しい」。よく言われることだが、なぜ現代アートは評価が難しいとされるのだろうか。  アートの歴史はマルセル・デュシャン「泉」前後に分けられるといわれる。「泉」は小便器に泉という文字とサインが描かれた作品である。彼が打ち出した既製品を組み合わせたアート、「レディメイド」の概念は、アーティストを生産者から選別者へと変身させた。誰もがアーティストになりうる世界だからこそ、現代アートは目の前にあるだけのアートで完結せずにコンセプトが内包されねばならない。作品には意味が込められ、それを読み解き評価するために作家の歩んできた人生までもがジャッジの対象となる。今日、アートはアート単体で存在できない。作品を評価するためには作品の意味を知る必要があり、ゆえにアートの知識や作家自身の情報を得なければならないという、一種の強迫観念のようなものが我々を襲う。だから「現代アートは難しい」。そういった情報量の多さに当てられるからか、私は現代アート展に行くと疲れが普段の倍に感じられる。  それでは一体その「難しい」現代アートについて、我々はどこに注目し、どう評価すればいいのだろう。現代アートは、鑑賞者の能動的な解釈を踏まえて完成するといわれる。もちろんアート史を踏まえた上で社会に興味を持ち問題提起を読み解くのが理想なのであろう。だが、小便器がアート!? なんか笑える、そのくらい直感的な評価でもいいのではないか。鑑賞者の解釈や反応も含めて一つの作品として成り立つのが現代アートであり、良くも悪くも我々にも評価は委ねられているのだから。   参照:河出書房新社「現代アートとは何か」 , 小崎哲哉 ,2018 S.H  

北海道の野外博物館

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  筆者が所属するサイクリング部では、毎年 8 月に北海道を 9 泊 10 日で一周します。その道中で必ず寄る人気スポットの一つに「博物館 網走監獄」があるので、ここで紹介致します。  網走監獄は北海道の北東部、知床半島の付け根に位置する網走市に位置します。市街地の中心から 4km 離れ、名古屋大学の山の上の坂にも匹敵するキツい坂を登ると到着します。明治時代の網走刑務所を保存公開する野外歴史博物館で、敷地面積は約東京ドーム 3.5 個分に相当する一方、入場料は大人で 1100 円、学生で 770 円と割安感があります。  この博物館は、明治の網走刑務所に収監された囚人の生活風景や、その囚人が北海道の開拓へ大きく貢献したことを私達に伝えています。特筆すべきことは網走刑務所の建設目的であり、それは対ロシア防衛の最前線に位置する網走へ繋がる道路を囚人によって開拓することでした。その労働環境はとても苛酷で、「タコ部屋労働」の語源にもなったといわれています。「博物館 網走監獄」はそうした囚人達の努力や悲劇、それが今日の北海道の生活の礎であることを教えてくれます。是非とも足を運んでみてください。 自分の自転車。網走監獄まで自転車で来た証として。 ↑網走監獄正面の門。 明治期に囚人達が農業をやっていた風景を再現。 囚人達は食糧を自分達で育てていた。 独房。