小学生の頃、図工の時間に紙版画を制作した。画用紙に貼り絵をして作った版に、ローラーでインクをのせる作業が楽しかった。今では図工の授業には欠かせない版画だが、最初からそうであったわけではなかった。 版画が学校教育に導入されたのは、大正 7 年以後のこと、版画が純美術として評価されるようになった時期と重なる。この背景には、版画を複製制作技術から脱け出させ、版を使用した絵を作ることに情熱を傾けた人々がいる。愛知県出身の作家、山本鼎もその 1 人だ。彼は分業による「複製的版画」に対し、自分で掘って自分で刷る「創造的版画」の普及に努めた。彼はまた、自分の感性で自由に創造しようという考えを、版画の他に児童の図画教育に主張し、お手本の模写が中心であった当時の図画教育を批判した。 現在、版画は児童の自由と創造の精神を発展させるものとして、図画教育で活用される。刷る楽しさ、は後々まで記憶に残る。児童は、自身の感性に合う表現方法として版画を選ぶことができるのである。 M ・ M 参考文献 今井治男「我が国の版画教育について」『金沢大学教育学部紀要教育科学編』 36 巻 , 1987 年 , p.245-251.